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「ホンモノに出会った喜びとともに」


 北欧絵織物研究所主宰 矢吹恵子
  
 
  ノルウェーの伝統織物「BILLED VEV」に出会って約50年になる。随分むかしの事のように思えるが、絵織物を初めて見たときの強烈な印象は、今も薄れることなく鮮やかに脳裏に焼き付いている。
  地図を広げてみると、上の方に「ノルウェー」という国がある。どんより暗く寒い、グレー色の季節が長いところ。この地にあって、美しい色彩で織り上げられた「絵織物」の存在は色のない世界に絵具を落としたよう。そこに描かれるのは、まばゆいばかりの太陽の光であり、フィヨルドの青であり、山々に咲き誇る草花の色どりである。それは、人々の心をなごませ、活力となり、絵画では得られない独特の温かさで包み込んでいるかのようだ。

  BILLEDVEVは、木枠に張った縦糸に、食事用のフォークを道具にして横糸を一段一段しっかり打ち込んでいく。熟練者でも一日に数センチしか織り進めないという、まさに手仕事の世界である。それが厳寒の地にあって、隙間風を防ぐものとなり、灰色の世界に春の温かさをもたらし、生活の中の必需品としての存在を大きくしてきたのである。ヨーロッパの貴族社会で権力の象徴の一つとして珍重された「タピストリー」の絢爛豪華さとは異なり、民衆の文化の中で継承され、しっかり地に根を張った力強さに魅かれる。ヴァイキングの昔から、ずっと同じ手法で綿々と織り継がれてきた「絵織物」。これはまさに「ノルウェーの宝」と言える。昔、この国の遺産相続では金銀に次いで価値が髙かったとも……。

  振り返ると、絵織物と出会ったばかりの頃の私は、織りの美しさに魅せられ、その技術習得と楽しさに夢中になって突っ走っていて、このスローな歩みに秘められた偉大な力に気づけなかったように思える。BILLEDVEVは、単に過去の創造を再現しているだけでなく、ノルウェー独特の視聴覚空間のすべてが呼応しあって物語を生み、音楽を奏で、豊かな色彩を調合してきた何百年もの民族の歳月を、確かな 糸で今につなげて息づかせているのである。

  一人でも多くの方々に、この価値ある絵織物を私の手から伝えていきたい……。これからも変わらない、私の願いの一つである。
     
研修時代
オスロでの研修時代
  作品:氷河
作品:氷河
  作品:冷たい夜
作品:冷たい夜